大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 平成5年(ワ)403号 判決 1995年11月07日

茨城県水戸市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

足立勇人

東京都千代田区<以下省略>

被告

勧角証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

尾崎昭夫

川上泰三

新保義隆

井口敬明

主文

一  被告は、原告に対し金一七六万七七二五円及びこれに対する平成五年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四〇〇万一四五〇円及びこれに対する平成五年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員の勧誘を受け、被告との間でのワラント(新株引受権証券)の売買取引を行った原告が、この取引及びこの取引により生じた損失を取り戻すことを目的としてなされた新規公開株式の購入に関し損失を被ったとして、被告に対し、右ワラント及び新規公開株式の購入に際しての勧誘行為に各種の違法性があると主張して、被告の使用者責任に基づき、右損失について損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、証券取引法に基づき、大蔵大臣の免許を受け、証券業を営む株式会社である。

2  原告は、被告の従業員で水戸支店勤務のB(以下、「B」という。)の勧誘により、被告との間で、以下の取引を行った。

(一) 買付日 平成二年七月二四日

銘柄 日本石油ドルワラント

買付金額 一四七万三三五〇円

権利行使期限 平成五年一二月一四日

(二) 買付日 平成二年八月六日

銘柄 トステムドルワラント

買付金額 一六六万二一〇〇円

権利行使期限 平成六年八月一六日

(三) 買付日 平成三年一一月一九日

銘柄 シービーエム新規公開株式

買付金額 三七〇万円

二  本件各取引の経過についての当事者の主張

(原告)

1 原告は、銀行員であるが、証券取引の詳しい知識は有せず、本件ワラント取引以前には、せいぜい一〇〇万円ないし二〇〇万円程度の株取引を数回したことがあるだけであり、その目的ももっぱら取引上の付き合いや取引先の業務内容を勉強するためであって、投機を目的とするいわゆる投資家ではなかった。

2 原告は、平成二年当初、a銀行株二〇〇〇株を保有していたが、同年五月三〇日、Bの勧めで、うち一〇〇〇株を一七一万六九三二円で売却し、右代金を被告の金口座に入金した。これは、原告が妻を介して、右資金を原告の住宅ローン返済の源資とする予定であり、利益が上がるものより元本割れが起こらない安全なものでいつでも換金できるものにしたい旨をBに伝えたところ、Bから金の購入を勧められたことによるものである。

3 同年七月ころ、原告が保有していた残り一〇〇〇株のa銀行株が値上がりし、同月二〇日、原告がこれを一九五万二八八五円で売却したところ、同月二四日ころ、原告の勤務先にBから電話があり、右売却代金で日本石油ドルワラントを購入するよう勧誘された。原告は、ワラントがいかなるものであるかの知識を有していなかったが、Bから、ワラントは社債のようなものであり大きく値上がりする、売り時は責任をもって案内するなどと言われ、前記2の経過から、Bが社債と同じように安全確実な商品を勧めてくれたものと信じ、右ワラントの購入を申し込んだ。

4 原告は、同年八月六日、Bから、再び勤務時間中に電話で、前記金を購入してある資金でトステムドルワラントを購入するよう勧誘され、前記2と同様の理由からBを信頼し、右ワラントの購入を申し込んだ。

5 原告は、平成三年夏ころ、右経緯で購入したワラントの価格がいずれも三〇万円程度まで値下がりしてしまったことを知らされ、Bに対し抗議したところ、同人から初めてワラントの概括的な説明を受けるとともに、新規の店頭上場株に入札できるように便宜を図る、それで損失分は取り戻すことができるなどと言われた。

原告は、同年一一月下旬、Bから勤務先に電話で、シービーエムの新規公開株が買えることになったので代金三七〇万円を用意するように連絡を受け、「今度はまちがいない。私にまかせてくれ。」などと言われたため一旦はこれに応じたものの、その後自分で店頭市場の状況を調べてみたところ良くないことが分かったので、翌日電話で株式購入を断る旨Bに伝えたところ、同人から、一旦申し込んだものは取り消せないといわれ、結局三七〇万円を被告に支払った。

原告は、同年一二月六日ころ、右シービーエム株を売却するようBに指示したところ、同人がこの指示を無視したため、やむなく他の証券会社において、平成四年一月二二日及び二月二日、合計二六三万四〇〇〇円で右株式を売却しなければならなかった。

(被告)

1 原告は、銀行員として金融実務経験を長年積んできたものであり、預金業務や融資業務にも携わった経験を有し、昭和六二年四月六日の被告との取引開始以来、被告を介して株取引を継続し、多額の資金を株取引に投資していた。

2 被告は、平成二年五月二一日、原告からa銀行株一〇〇〇株の売却依頼を受け、その際、原告の妻から、右代金は今すぐには使わない金員であるとの説明を受けたにすぎなかったので、原告に対し金の購入を勧めた。原告は、同月三〇日、右売却代金で金を購入した。

3 被告は、同年七月二〇日にも、原告からa銀行株一〇〇〇株の売却依頼を受けこれを売却したところ、高額で売却することができ、原告からは右売却代金の使途につき特に指図を受けなかったので、Bにおいて右売却代金の有効運用を考え、当時株価が動いており、権利行使価格と時価との乖離が小さいにもかかわらず他のワラントと比較して購入価額が割安であった日本石油ドルワラントを原告に推薦することにし、同月二四日原告の勤務先に電話し、ワラントに関する二、三の実例を引きながら、ワラントの価値が株価に連動して大きく動くことも含めてワラントの説明をし、日本石油ドルワラントの権利行使期間も伝えたうえで勧誘したところ、原告から、右ワラントを購入する旨伝えられた。

4 Bは、同年八月六日、原告の勤務先に電話し、原告に対し前同様の理由からトステムドルワラントの購入を勧めたところ、原告から右ワラント購入の注文を受けた。

5 原告は、平成三年春ころ、前記各ワラントの値下がりによる損失をカバーする方策についての相談をBに持ちかけ、Bと話し合った結果、店頭上場株へ入札することによって損失を回復するという方針が決まり、同年一一月一九日にシービーエム株一〇〇〇株を落札したが、翌日になって入札の取り消しを要求してきた。Bが、一旦入札を申し込んだものは取り消すことができない旨説明したところ、数日後、原告から右株式の売却依頼を受けたが、今は市況が悪いので後日売るように提案したところ、原告もこれを了承した。

原告は、平成五年一月二七日になって、被告から右シービーエム株を引き上げた。

三  本件ワラント取引における勧誘行為の違法性についての当事者の主張

(原告)

1 説明義務違反

(一) 証券会社が、高度の専門知識と経験を必要とし、かつ、リスクの高い取引を、その種の取引に精通していない顧客に対し勧誘するに際しては、機械的な取引内容の開示に留まらず、顧客が自らの責任において取引を行うことを可能にする程度の説明を果たす義務を負う。

外貨建ワラントは、著しい危険性と複雑な仕組みを有する商品であり、しかも、国内で流通の歴史や実績の浅さから、その周知性は極めて低い状況にあったのであるから、証券会社は、顧客に対し、その危険性や取引の仕組みについて十分な説明を尽くすことが必要である。

(二) 外貨建ワラントにおける説明義務の内容は次のとおりである。

(1) 為替変動による危険性を伴うこと。

(2) 権利行使期間があり、その期間を過ぎると無価値な紙屑となること。

(3) 権利行使価格が決まっており、権利行使のためには代金を払い込む必要があること。

(4) 権利行使価格は発行時の株式の時価よりも高く定められており、株式の時価が権利行使価格以上に値上がりしないと権利を行使する意味がないこと。

(三) 本件ワラント取引において、Bは、原告を勧誘するに際し、前項のようなワラントの危険性ないし仕組みについて全く説明をしなかった。

2 誤解を生ぜしめるべき表示をする行為の禁止違反

(一) 有価証券の売買に関しては、虚偽の表示をなし若しくは誤解を生ぜしめるべき表示をする行為は禁止されている(一九九二年改正前証券取引法〔以下、「旧証券取引法」という。〕五〇条一項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一項)。

(二) 本件ワラント取引において、Bは、原告を勧誘するに際し、ワラントが社債のようなものであり安全確実と信じさせるような言動をなしたものであり、この点において違法性がある。

3 断定的判断の提供の禁止違反

(一) 有価証券の売買に関しては、有価証券の価格が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為は禁止されている(旧証券取引法五〇条一項一号)。

(二) 本件ワラント取引において、Bは、原告を勧誘するに際し、大きく値上がりするなどと断定的判断を提供して勧誘を行ったものであり、違法な勧誘である。

4 適合性の原則違反

(一) 大蔵省証券局長から日本証券業協会会長宛昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一号通達は「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう充分配慮すること。特に証券取引に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること。」と、いわゆる適合性の原則を定めており、これは証券会社の従業員が顧客を勧誘する際の大原則というべきものである。

(二) 本件ワラント取引において、Bは、原告が安全確実な取引を望んでいたことを知っていたにもかかわらず、ハイリスク商品であるワラントを満足な説明もなしに勧誘したものであって、右は適合性の原則に違反する違法な勧誘というべきである。

(被告)

1 説明義務違反について

(一) 証券取引をする者には、自己責任の原則が強く働く。ワラントについては、比較的新しい商品でその内容についての情報が十分行き渡っていないことから、顧客の判断を容易にするという意味で、証券会社においてある程度の商品説明をすることが求められているとはいえ、顧客自身が情報を収集することはいくらでも可能であり、契約の一方当事者にすぎない証券会社に法文上規定のない説明義務を負わせることには慎重であるべきであるから、証券会社の説明義務は、あくまでも顧客の判断を助けるための補充的なものにすぎない。

(二) 右の観点からすれば、ワラント取引において証券会社が説明すべき事項は、最低限、顧客の側でいかなるリスクの説明を受けていれば権利行使期間徒過による損失を認識することができたかという点から決せられるべきものであり、それは結局、①ワラント価格は株価の変動に連動して株価よりも大きく上下すること(ギアリング効果)及び②権利行使期間がありそれを徒過するとワラントの価値がなくなることの二点に尽きるというべきである。

(三) 本件ワラント取引において、Bは、原告を勧誘するに際し、右の二点を十分説明しており、説明義務の違反はない。

2 誤解を生ぜしめるべき表示をする行為の禁止違反について

原告主張の事実はない。

3 断定的判断の提供の禁止違反について

原告主張の事実はない。

仮に、原告主張の事実があったとしても、単に大きく値上がりすると言っただけで社会的相当性を逸脱した違法な勧誘行為となるものではない。

また、原告によれば、大きく値上がりすることはワラント購入の動機となっていないというのであるから、右勧誘行為と損失の発生の間には因果関係がない。

4 適合性の原則違反について

原告主張の事実はない。

四  本件ワラント取引後における新規公開株式取引に際しての違法性についての当事者の主張

(原告)

1 誤解を生ぜしめる行為及び断定的判断の提供禁止違反

原告の、シービーエム新規公開株式購入は、Bの、確実に値上がりするかのような誤解を生ぜしめる行為及び断定的判断を提供した勧誘によるものであって、右勧誘行為は前記旧証券取引法の法文に反する違法なものである。

2 売却指示の無視

原告は、Bに対して、平成三年一二月六日ころ、前記株式を売却するよう指示したにもかかわらず、Bがその指示を無視し、右株式を売却しなかったことは旧証券取引法に違反する。

(被告)

1 誤解を生ぜしめる行為及び断定的判断の提供禁止違反について

原告主張の事実はない。

仮に、原告主張のような勧誘をしたとしても、違法な勧誘行為となるものではない。

2 売却指示の無視について

Bは、原告の指示で一度は売却手続をしたが、結果的に売れなかった。

そして、原告とBが協議した結果、前記株式をその時点で売るのは得策でないということになり、合意のうえ売らないことになったものである。

その後、原告から、指し値を示しての売却依頼がなかったので、再度売却手続きをとることができなかった。

五  損害額についての原告の主張

原告は、被告の違法行為により、左記の損害を被った。

1  本件ワラント取引により被った損害としてワラント購入費合計金三一三万五四五〇円。

2  新規公開株式購入の勧誘により被った損害として右株式の売却に際し原告の指示が無視されたことによる損害、すなわち右指示の時点の株式終値と現実に売却がなされた価格との差額金三六万六〇〇〇円。

3  弁護士費用として金五〇万円。

六  争点

1  本件各取引の違法性

2  損害額

第三争点に対する判断

一  本件各取引の経過について

1  証拠(甲一ないし四、八、乙一ないし五、一五、一六〔証人Bの証言により真正に成立したことが認められる。〕、一九の1ないし8、11、14、二〇、二一の1ないし11、二三ないし二九、証人B〔一部〕、原告本人)を総合すれば、本件各取引の経過は次のとおりと認められる。

(一) 原告は、昭和二三年○月○日生まれで、早稲田大学を卒業の後、昭和四六年四月、株式会社a銀行に入行したものであるが、債券や証券取引業務の経験は有せず、本件ワラント取引当時は出向先の会社でもっぱら地域産業の調査等を担当していたものであり、株式投資の経験としては、従業員持株制度で取得した自社銀行株を売却した資金を元に、昭和六二年四月から、被告を通じて、取引先企業数社の株式をその経営状態や業務内容を詳しく知るなどの目的から取得したことがあるほか、投資信託を数回購入したことがあったにすぎなかった。

(二) 原告は、平成二年当初、かねて勤務先の社員持株会に加入していたことから、a銀行株二〇〇〇株を保有していたが、同年五月二一日、うち一〇〇〇株を一七一万六九三二円で売却した。これは、原告において、同年九月ころまでに、自宅建築のために融資を受けた住宅ローンの残額約四〇〇万円を返済する必要があったことから、その源資とする目的で取り敢えず一〇〇〇株を売り、残り一〇〇〇株は値上がりを待って売却するためであった。そこで、原告は、妻Cを介して、平成二年三月以降前任者を引き継いで原告の取引担当者となったBに対し、右売却代金については、利益が上がるものより元本割れが起こらない安全なものでいつでも換金できるものにしたい旨を伝えたところ、同人から金延の購入を勧められたことから、同年五月三〇日、右売却代金で金延を購入した。なお、妻Cは、b保険株式会社に勤務し、昭和六二年ころから被告の水戸支店担当の生命保険外交員となっていた。

(三) 同年七月ころ、原告が保有していた残り一〇〇〇株のa銀行株が値上がりし、同月二〇日、原告がこれを一九五万二八八五円で売却したところ、同月二四日ころ、原告の勤務先にBから電話があり、右売却代金で日本石油ドルワラントを購入するよう勧誘された。原告は、ワラントについての知識を有していなかったが、Bから、右ワラントは、現在の株価と権利行使価格の乖離が小さく権利行使期間の残存年数も長いことから株式以上に値上がりが期待できる、売り時は責任をもって案内するなどと言われ、前記(二)の経過から、Bが社債と同じように安全確実な商品を勧めてくれたものと信じ、右ワラントの購入を申し込んだ。

このときの会話は、せいぜい一〇分程度のものであり、Bは、ワラントについての一般的な説明はおろか、ワラントが大きく値下がりすることもあるハイリスクな商品であり、行使期限後には無価値となることなどについても説明をせず、また、数日後、被告会社を訪れた原告に対し、「外国証券取引口座設定約定書」及び「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印を求めた際にも、「外貨建ワラント取引のしくみ」と題する小冊子と同形式の冊子を読んでおくようにといって渡しただけであった。右冊子には、ワラントの基本的な説明や価格形成の仕組み、さらに投資のリスクについても記載されていたが、原告はこれにさしたる関心を払わなかった。

(四) 原告は、同年八月六日、Bから、再び勤務時間中に電話で、前記金を購入してある資金でトステムドルワラントを購入するよう勧誘された。その際の説明は、前記(三)の勧誘の際になされた説明よりも簡略なものであったが、原告は、前同様の理由からBを信頼し、右ワラントの購入を申し込んだ。

(五) 原告は、平成二年秋ころ、右経緯で購入したワラントの価格がいずれも値下がりしてしまったことを知り、Bに対し抗議したところ、売らないで持っていれば上がるなどと説得され、一旦は引き下がったものの、平成三年夏ころになって、ワラントの価格が著しく下がってしまったことから改めて同人に抗議したところ、同人から初めてワラントの概括的な説明を受けるとともに、新規の店頭上場株に入札できるように便宜を図る、それで損失分は取り戻すことができるなどといわれた。

原告は、同年一一月下旬、Bから勤務先に電話で、シービーエムの新規公開株が買えることになったので代金三七〇万円を用意するように連絡を受け、一旦はこれに応じたものの、その後自分で店頭市場の状況を調べてみたところ良くないことが分かったので、翌日電話で株式購入を断る旨Bに伝えたところ、同人から、一旦申し込んだものは取り消せないといわれ、結局三七〇万円を被告に支払った。

原告は、同年一二月六日ころ、右シービーエム株を売却するようBに指示したが、原告の指し値では売却することができなかった。その後、平成五年一月二七日になって、原告は、被告から右株式を引き上げた。

その後も、本件各ワラントは、価格を回復することがなかったため、原告は、右ワラントを保有し続け、いずれのワラントも権利行使期限の徒過により無価値となった。

2  被告は、本件ワラント取引の購入資金となったa銀行株の売却代金の使途について、原告の妻から住宅ローン支払いの源資とするということは聞いておらず、単に今すぐ使う予定がないということを聞かされただけであると主張し、証人Bも右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、前記のとおり、原告は、平成二年五月二一日に処分した同銀行株の売却代金で、事実上確定利付商品として販売される極めて安全確実な商品である金延を購入しているのであるが、原告には金延という商品について知識がなかったことから、Bがこれを勧めたことが認められるところ、当然その際Bにおいて資金の使途を確認した上でそれに応じた商品として金延を勧めたものと考えられるのであって、Bがかかる安全確実な商品を勧めたのは、原告の妻から、原告主張の前記資金使途を聞かされていたためであると考えるのが自然である。金延を原告に勧めた理由が単に利息を付けるためだけでそれ以上の意味はなかったという証人Bの供述は原告本人の供述に照らして信用できず、被告の主張は採用できない。

3  なお、原告は、シービーエム株の取引に際して、Bから「今度は間違いない。私にまかせてくれ。」などと確実に値上がりするかのように勧誘され、さらに、右株式の売却に際して、Bが原告の指示を無視して右株式を売却しなかったと主張する。

しかしながら、原告本人自身、右取引の際の状況について、間違いないというのは間違いなく入札に当選するという意味だと理解したという趣旨の供述をしたり、あるいは、原告の方から「いつになったら儲かるのか。」と話したところ、Bが「そろそろやりましょうか。」と重い腰を上げてくれたので「お願いします。」と頼んだと述べるなど、その供述内容はあいまいであり、さらに、確実に値上がりするということについて何ら根拠を示されたわけでもないというのであるから、結局、Bが右取引に際して、原告主張のような誤解を生ぜしめあるいは断定的判断を提供するかのような文言で勧誘したと認めることはできない。

また、証拠(乙一、証人B、原告本人)によれば、Bは、一旦は原告の指し値で売却しようとしたもののその値段では売ることができず、その後、原告に対し、指し値を示してくれないと売れないと言ったにもかかわらず、原告から何ら指し値を示しての売却指示がなかったこと、原告が被告から右株式を引き上げたのは、右売却を指示した日から一年以上を経過した平成五年一月になってからであることが認められるのであって、Bが原告の売却指示を無視したとの事実を認めることはできない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

二  証券取引の投資勧誘における証券会社の注意義務について

1  一般に、証券取引は、本来危険を伴うものであって、投資者自身において、自らの責任で、当該取引の危険性を判断して行うべきものである(自己責任の原則)。そして、このことは、本件のようなワラント取引においても基本的に妥当するということができる。

しかしながら、証券会社が証券市場を取り巻く政治、経済情勢はもちろん、証券発行会社の業績、財務状況等について、高度の専門知識、豊富な経験、情報等を有する一方で、多数の一般投資者が証券取引の専門家としての証券会社の推奨、助言等を信頼して証券市場に参入している状況の下においては、このような投資者の信頼は十分に保護されなければならない。

2  このようなところから、旧証券取引法五〇条一項一号、五号、五八条二号、昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条は、証券会社による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生じさせるべき表示等を禁止し、「投資者本位の営業姿勢の徹底について」昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号日本証券業協会会長宛通達で、投資者に証券の性格や発行会社の内容等に関する正確な情報を提供すること、勧誘に際し投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること等が定められ、投資者の保護が図られているところである。

もっとも、これらの法令、通達等は、公法上の取締法規又は指導基準としての性質を有するものであり、これらの定めに違反した行為が私法上も直ちに違法と評価されるものではないが、これらの法令等は多数の一般投資者が証券会社の推奨、助言等を信頼して証券取引を行っているという状況の下で、投資者の信頼を十分に保護するために制定されたものであるから、証券会社やその使用人は、投資勧誘にあたり、信義則上、投資者の職業、年齢、財産状態及び投資経験、投資目的等に照らして、投資者に対し当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負うことがあるというべきであり、証券会社やその使用人がこれに違反して投資勧誘に及んだときは、具体的状況によっては、右勧誘行為は私法上も違法となるものというべきである。

三  本件ワラント取引の勧誘行為の違法性について

1  ワラントは、一定の条件で発行会社の株式を引き受けることができる権利であり、一定期間が経過すると無価値となり、価格変動が一般に株式より大きく、不安定でハイリスク・ハイリターンな金融商品であり、加えて、外貨建ワラントにおいては、為替変動によるリスクを伴うという特質を有するものである。

2  このような外貨建ワラントを勧誘するにあたっては、被告またはBは、このような外貨建ワラントの特徴及び前記認定の原告の投資経験、投資目的等に鑑み、原告が外貨建ワラントの危険性について的確な認識を形成するため、①ワラントの意義、②権利行使価格、権利行使期間の意味、③外貨建ワラントの価格形成のメカニズム及びハイリスクな商品であり、無価値となることもあることについて十分説明し、原告がそれらについて的確に認識できるようにすべきであったといわなければならない。

3  しかるに、前記認定のとおり、Bは、原告を勧誘するにあたり、本件各ワラントは、現在の株価と権利行使価格の乖離が小さく権利行使期間の残存年数も長いことから株式以上に値上がりが期待できる、売り時は責任をもって案内するなどと言ったのみで、それ以上に前記①ないし③の点につき何らの説明をしておらず、その後においても、第一回目のワラント取引から数日後に、被告において作成したワラント取引の仕組みを解説した小冊子を原告に手渡したに止まり、平成三年夏ころまで原告に対しワラントについて説明することはなかったことが認められる。前記認定の原告の投資経験及び投資目的(本件ワラント購入資金の使途)等から、Bが原告に外貨建ワラントの取引を勧誘するに際し、前記①ないし③の説明を簡略にしても差し支えなかったとの事情は認められず、本件取引におけるBの勧誘行為は、外貨建ワラントを勧誘するにあたっての注意義務に違反したもので、証券取引における証券会社の誠実義務に反した違法なものといわざるを得ず、被告は、右違法な勧誘により本取引を行い、その結果損害を被った原告に対して、民法七一五条によりその損害を賠償する責任を負うものというべきである。

四  本件ワラント取引後における新規公開株式取引について

本件シービーエム株式の取引については、前記第三の一の3で認定したとおり、被告ないしBにおいて、原告主張のような誤解を生ぜしめる行為、断定的判断の提供あるいは売却指示の無視といった事実が存したとみることはできず、かえって、原告は、右取引の時点における店頭市場の状況などを自分で調査することによって、右取引が絶対安全確実なものではないことを容易に知りえたということができるから、右取引によって原告が被ったと主張する損失は、まさに原告自身の責任に帰せしめられるべきものであるといわなければならない。

五  損害額について

1  前記認定のとおり、原告は、Bの違法な勧誘により、本件各外貨建ワラント取引を行い、そのために右取引により最終的に金三一三万五四五〇円の損害を被ったと認められる。

2  ところで、前記認定のとおり、原告は、ワラントの意義やその取引の危険性について十分に理解しないまま本件各ワラント取引を行ったものと認められるが、その原因は、第一次的にはBにおいて必要かつ十分な外貨建ワラント取引についての説明をなさなかったことによるものということができるものの、第二次的には、銀行員という職業柄、契約書に署名押印することの意味を十分弁えていたと認められる原告が、日本石油ドルワラントの電話による取引から数日後に店頭で「外国証券取引口座設定約定書」及び「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印を求められた際、Bから外貨建ワラント取引のしくみについて説明した小冊子を渡されたにもかかわらず、これにさしたる関心を払わないままさらにワラント取引を継続したこと、平成二年秋ころには各ワラントの価格が低下したことを知ったのであるから、その時点で自らワラント取引について調査検討するなどして損害の拡大をくい止める努力をしなかったことにもあるというべきである。

3  その他、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、原告の本件取引による損害額の五割を減ずるのが相当であり、したがって、原告の損害額は金一五六万七七二五円と認めるのが相当である。

4  本件事案の内容、請求認容額等諸般の事情を斟酌すると、原告が被告に賠償として求めうる弁護士費用は金二〇万円を相当と認める。

六  よって、本件請求は、被告に対し、金一七六万七七二五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年七月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官 來本笑子 裁判官 松本光一郎 裁判官 福井健太)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例